歌詞の世界 Ⅹ (あの日の私とユーミン
2009年9月11日□-------------------------------------------□http://photo.e873.net/http://ikumo.0nn0.net/
歌詞の世界 10(あの日の私とユーミンソング 3)
幻のアルバム『ALBUM』
「ユーミンソングにあの日の私が居た」シリーズの第3弾ということで、あまたあるユーミン作品の
中で私が最も好きな1曲 『消灯飛行』(’77)をご紹介し、長かった(長すぎた・・)ユーミン編を
これにて終わりにしたいと思う。
『消灯飛行』 この曲は、膨大な彼女の作品群の中でもとびきり地味な位置に属する。
かなりユーミンを聴く人でも「え、この曲は知らない・・・」という人も少なくないのではないだろうか。
何故ならこれはシングル「潮風にちぎれて」のB面であるが、アルバムとしては、あの幻のベスト
アルバム「アルバム」にしか入っていない。
(「アルバム」というアルバムなのです。えーい、わかりにくい・・・。)
そして、その幻のベストアルバムはCD化されていないので、もしかすると彼女の作品の中で
唯一か唯二、デジタル化されていない曲のうちのひとつなのかもしれない。
地味な位置に属するだけあって、曲自体もかなり地味で淋しい。
にじむような響きのキーボードをメインに、少し遠くで鳴っている音数の少ない控えめなバッキングに
彼女の乾いたあっさりした歌声が男女の無言の別れの情景を歌い、無性に侘しい曲である。
でもマイナー調なわけではないので、全体的には特別暗さのない、淡々とした作品になっている
のが、私がこの曲を好きな所以である。
メロディもさることながら、とにかく歌詞が素晴らしい。
情景描写がきわめて美しく、最小限の言葉で、映画のように奥行きのある場面を思い起こさせる。
見知らぬ国のヴィザを持ち
夜に消えてゆく
見送りはここまででいい
風が強いから
ガラスの向こう あの人は
唇うごかし
パントマイムで離れてく
人に流されて
・・・
海岸線をふちどって
都会は輝く
あのひと乗せたTAXIは
今どこを走る
もうしばらくは 追いかけさせて
この胸の中で
夜の雲を見下ろすまで
ライトがつくまで
テイル・ランプをあのひとが
星と思うまで
結局縁がなく別れていく男女。
この曲では女が外国に旅立っていくのを男が見送るという、空港での別れ。
決して嫌いになって別れるとかではなく、距離的事情で致し方なく、運命に無理に逆らわずに
別れを選んだ、という雰囲気。
多くを語らずに、彼が搭乗の直前までそばにいてくれる。飛行機に乗り込むために戸外に出る
(昔の空港の搭乗スタイル)出口のガラス扉にさえぎられて、その向こうで彼は
「元気で」とか「さよなら」とか身振りと共に叫んでいるようにも見えるが、ガラスの向こうなので
聞こえる由もない。雑踏に流されるように彼が遠くなっていく。
夕刻の離陸、やがて窓から数千のライトに縁取られた海岸線が見えてくる。
彼は私を見送ったあと、1人空港からタクシーに乗ってあのあたりを走っているのだろうか。
やがて機体は雲を追い越し、窓の下には何も見えなくなる。暗くなった機内にアナウンスと共に
ライトが灯る。
もう彼がタクシーの窓から空を見上げてみても、彼女の乗った飛行機のテイルランプは星のように
小さくなってやがて虚空に消えていく頃だろう・・・
(歌詞をそのまま追ってるだけであるが・・)
この歌詞がいいのは、「貴方を忘れないわ」とか「幸せになってね」とか「涙で前が見えない」とか
そういう湿っぽい感情を何もあらわしていないところである。
無駄のない言葉で、光と影・喧騒と沈黙が交錯する別れの情景を、無声映画のように、静かに
淡々と追っている。
また、最後に
夜の雲を見下ろすまで/ ライトがつくまで/ テイルランプをあのひとが星と思うまで
と、同じ旋律の反復に乗せて、言葉も「~まで」の反復で韻を踏んでおり、その流れるような
リズムはほとんど俳句や短歌のようであり非常に味わい深い。
ここで私ももう何度も書いているように、悲しい悲しいと連呼する悲しみよりも、黙って薄く微笑んで
いる悲しみのほうがずっと悲しい。
そういう意味でも、バブル期に彼女が振り絞るように歌っていた
どうしてどうして/私たち離れてしまったのだろう?/あんなに愛してたのに
(「リフレインが叫んでる」)
のような、詫びもさびもない悲しみの訴えは、私にはどうも悲しく思えない。
一方、この曲の一節のように、無言で窓の外を眺めながら、遥か下方に見える車のヘッドライトの
光の帯のどこかに、彼が今まさに溶け込んで存在しているのかな?なんて遠く思いを馳せる
淋しさなどは、この上なく悲しく切ないものに感じられる。
さて、関係ないが、この曲の彼女が「見知らぬ国のVISAを持ち」の歌詞で、これから向かうと
想像される国はどこだろうと考えたが、最もこの曲の雰囲気にマッチする目的地は、ドバイ(UAE)。
または、アフリカ大陸の上のほうの都市。なんにしても、あの辺だ。
(かなり範囲の広い「あの辺」)
ちなみに、私も付き合っている彼を成田空港に送りに出向いたことがある。
(テーマは「ユーミンソングにあの日の私が居た」ですから・・・この切り口は必須)
正確に言うと、別れてしばらく経つ彼を。であった。
初期の私のブログを追うと出てくるが、大学時代少し付き合ったのちにバイ・セクシャルであること
が判明して、ギクシャクして別れた彼であるが、別れたとは言っても大学のクラスが同じだったため
完全別離は無理だった。気まずいムードが漂う日々、彼はその頃アメリカに傾倒していて、長い
春休みを利用し3ヶ月ほど短期留学でどこかの州に旅立つことになった。
仲間内で学食でお昼を食べながら「出発、明日だねー」なんて話を皆んなでしていて、
黙りこくってそれを聞いていた私だったが、2人になったちょっとの瞬間に私が
「空港まで私、一緒に行こうかな?」というと、無表情に彼は「うん」と即答した。
どうしてそういう気分になったのかはよく思い出せない。彼もどうして、あの時の私に「うん」と
迷いもなく答えたのか。今となってはよくわからない。
翌日、2人でぽつぽつ当たり障りのない話をしながらスカイライナーで成田に向かった。
「じゃあ、頑張ってね?」「うん。気をつけて帰れよ」「はい。」といって穏やかに搭乗口で別れた。
もう別れた相手なので「絵葉書ちょうだいね。」も「居ない間、浮気すんなよ!」もあるわけがない。
彼の乗るデルタ機が滑走路から離れ、空の1点に吸い込まれて見えなくなると、私は何とも
ポッカリした空虚な気持ちで家路についた。
上の歌詞のように、カッコよくタクシーで帰るようなことも当然なく、学生なのでスカイライナーに
乗るお金すらも惜しく、京成線の各駅停車で独りトコトコと帰った。
なので、状況的にも映像的にも、少しもロマンティックなものはなかったわけだが、彼を乗せて
消えていく飛行機のチラチラした残像を脳裏に映しつつ胸の奥に去来する言葉にならない
侘しさ・空しさのようなものは、この『消灯飛行』の歌詞が描いている空気感にあながち
似ていなくもなかった。
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