不思議なつながり
2010年6月5日http://book.flapal.com/
不思議なつながり
2000年に、サンフランシスコから大阪へのフライトで隣り合わせたご縁で仲良しになったさとみちゃん。
その後、彼女はすぐにまたアメリカへ渡り、ワシントンDCに住んでロースクールへ通い、弁護士を目指していました。
2002年、私がNYへ行くときに、さとみちゃんに遊びにおいでよと声をかけたら、バスでやってきてくれました。
その日はブルックリンのスピリチュアル・リフレクソロジストの小山みかさんにマッサージをしてもらう日で、さとみちゃんはわざわざブルックリンまで私を目指して来てくれて、駅の上で再開した瞬間からお互いに感激の涙、涙。
手近なピザショップで、ランチもそこそこに、これまでの2年の出来事を互いに報告したのですが、驚くことに二人とも同じような恋愛をして苦しい中にあったのでした。彼女はアメリカでカウンセリングを受けて、それでも元気になれずにいました。
すでにセラピストとして活動を始めていた私は、2年前に飛行機で隣り合わせたときから共鳴が始まっていたのかと驚くばかりです。
ブルックリンへ行くのには、スムーズに行けませんでした。
電車がその日は目的の駅に止まらず、行き過ぎてしまったり、戻ってくたり、いろいろしている間に、みかさんとの待ち合わせがうまくできなくなってしまいました。
予定より30分遅れて何とか出会うことができ、みかさんのお家へ向かっていると、彼女が、「電車がスムーズにいかないのは何の理由があったのかな~と今思ってみたんだけど、BOND の意味だと思うんですよ。会えたときに、より嬉しさがあるし、強くつながるでしょ。」と言われたのです。
このボンドの考え方は、今も私にはあらゆるシーンで助けになっています。
これが貼ってあるのに、先に気づいたらよかったんだけど。
ブルックリンは素敵な街で、住みたいな~と思いました。
ところで、NYではホテル滞在は高いので、1週間ほど、ミエンさんのお宅に泊めてもらっていました。
ミエンさんは台湾人ですが、日本語、英語、ドイツ語、フランス語を話す才女。もとオペラ歌手です。
息子さんはベルリンフィルで指揮者を務めておられて、お嬢さんは日本で歌手。(衛藤利恵さん)
アッパーウェストのアパートメントで快適に暮らしている。当際は43丁目に"Ya Bowl!" という日本食レストランを経営されていました。(2003年に閉店。) このレストランはブロードウェイ近くで、たくさんの俳優さんが来られるので、律儀なミエンさんはお得意様のお芝居をよく見に行っていました。
"Ya Bowl!" のシェフも同じお誕生日で、二人して奇遇だねぇ~・・と意気投合。そして二人のお誕生祝いに、"Ya Bolw" のみんなでお芝居を見に行くことになったのです。そんなタイミングでちょうどNYに来ていたさとみちゃん。よい気分転換になった様子です。
行ったのは、インディペンデンス・デイで大統領役を演じていたビル・プルマンの出ているお芝居でした。
主人公が山羊を愛してしまうというへんてこなストーリー。 登場人物も少なくて、演技力だけで勝負なお芝居でしたよ。
楽屋口で、記念写真。左がミエンさん、右端がさとみちゃん。
ビル・プルマンのオフィシャルサイト
ミエンさんに教えてもらった多国籍料理があります。毎朝、トーストを作るのですが、ナイフを2本、食パンにさして、コンロの直火でトーストにします。(これが早いんだって) その後、ピーナッツバターをたっぷり塗って、ラーフールー(中華食材屋で売ってます)をアクセントに塗って、香草をたっぷりのせていただくんです。
文章で書いてもわかりにくいかな、そのうちに再現してブログにアップしてみますね。
ミエンさんのおうちの冷凍庫には、私のサプリメントを保冷してあります。またきっと来るから置いておくねって。
NYライフの楽しみ方や、日々の心意気、たくさん愛にふれたミエンさん邸ステイでした。
不思議なつながりで、ハッピーを分かち合うご縁ができていくミラクルに感謝です
不思議なつながり
2000年に、サンフランシスコから大阪へのフライトで隣り合わせたご縁で仲良しになったさとみちゃん。
その後、彼女はすぐにまたアメリカへ渡り、ワシントンDCに住んでロースクールへ通い、弁護士を目指していました。
2002年、私がNYへ行くときに、さとみちゃんに遊びにおいでよと声をかけたら、バスでやってきてくれました。
その日はブルックリンのスピリチュアル・リフレクソロジストの小山みかさんにマッサージをしてもらう日で、さとみちゃんはわざわざブルックリンまで私を目指して来てくれて、駅の上で再開した瞬間からお互いに感激の涙、涙。
手近なピザショップで、ランチもそこそこに、これまでの2年の出来事を互いに報告したのですが、驚くことに二人とも同じような恋愛をして苦しい中にあったのでした。彼女はアメリカでカウンセリングを受けて、それでも元気になれずにいました。
すでにセラピストとして活動を始めていた私は、2年前に飛行機で隣り合わせたときから共鳴が始まっていたのかと驚くばかりです。
ブルックリンへ行くのには、スムーズに行けませんでした。
電車がその日は目的の駅に止まらず、行き過ぎてしまったり、戻ってくたり、いろいろしている間に、みかさんとの待ち合わせがうまくできなくなってしまいました。
予定より30分遅れて何とか出会うことができ、みかさんのお家へ向かっていると、彼女が、「電車がスムーズにいかないのは何の理由があったのかな~と今思ってみたんだけど、BOND の意味だと思うんですよ。会えたときに、より嬉しさがあるし、強くつながるでしょ。」と言われたのです。
このボンドの考え方は、今も私にはあらゆるシーンで助けになっています。
これが貼ってあるのに、先に気づいたらよかったんだけど。
ブルックリンは素敵な街で、住みたいな~と思いました。
ところで、NYではホテル滞在は高いので、1週間ほど、ミエンさんのお宅に泊めてもらっていました。
ミエンさんは台湾人ですが、日本語、英語、ドイツ語、フランス語を話す才女。もとオペラ歌手です。
息子さんはベルリンフィルで指揮者を務めておられて、お嬢さんは日本で歌手。(衛藤利恵さん)
アッパーウェストのアパートメントで快適に暮らしている。当際は43丁目に"Ya Bowl!" という日本食レストランを経営されていました。(2003年に閉店。) このレストランはブロードウェイ近くで、たくさんの俳優さんが来られるので、律儀なミエンさんはお得意様のお芝居をよく見に行っていました。
"Ya Bowl!" のシェフも同じお誕生日で、二人して奇遇だねぇ~・・と意気投合。そして二人のお誕生祝いに、"Ya Bolw" のみんなでお芝居を見に行くことになったのです。そんなタイミングでちょうどNYに来ていたさとみちゃん。よい気分転換になった様子です。
行ったのは、インディペンデンス・デイで大統領役を演じていたビル・プルマンの出ているお芝居でした。
主人公が山羊を愛してしまうというへんてこなストーリー。 登場人物も少なくて、演技力だけで勝負なお芝居でしたよ。
楽屋口で、記念写真。左がミエンさん、右端がさとみちゃん。
ビル・プルマンのオフィシャルサイト
ミエンさんに教えてもらった多国籍料理があります。毎朝、トーストを作るのですが、ナイフを2本、食パンにさして、コンロの直火でトーストにします。(これが早いんだって) その後、ピーナッツバターをたっぷり塗って、ラーフールー(中華食材屋で売ってます)をアクセントに塗って、香草をたっぷりのせていただくんです。
文章で書いてもわかりにくいかな、そのうちに再現してブログにアップしてみますね。
ミエンさんのおうちの冷凍庫には、私のサプリメントを保冷してあります。またきっと来るから置いておくねって。
NYライフの楽しみ方や、日々の心意気、たくさん愛にふれたミエンさん邸ステイでした。
不思議なつながりで、ハッピーを分かち合うご縁ができていくミラクルに感謝です
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