8月4日 スイス観光! ジュネーブ写真特
2010年9月5日http://sushinavi.net/
8月4日 スイス観光! ジュネーブ写真特集!
● スイス旅行の最終編です
紀行文(日記)最終を掲載します。
ジェッドー(ジュネーブ大噴水)
トロリーバスが走るジュネーブ市街
真近に見るジェッドー
24日夕方、バスがレマン湖畔(アレッチ氷河やローヌ氷河の青い湖:又の名をジュネーブ湖:スイス国内最大の湖581k㎡)南岸の町ジュネーブ(人口17万のリゾート地)市街に入ると大迫力の噴水が目に飛び込み風景を代表する。毎秒500リットルの速さで吹き上げる水は140mを超える。旧市街側の国家記念碑のあるイギリス公園で写真休憩となり、日本では見ない八重のピンクの薔薇が珍しかった。ローヌ川に架かるモンブラン橋を渡ってジュネーブ中央駅側(コルナヴァン駅)の新市街側に入り駅近くのホテルにチェックイン。駅前のスーパー<ミグロ(MIGROS)>はCOOPと並ぶ二大スーパーとのことで食事の集合前にお土産を探して入場、入り口が小さく苦労して見つけた汗だくの買い物であった。ジュネーブでの最後の晩餐は他のホテル、フォークミュージックで有名な<エーデルワイス>の地下と1・2階が吹き抜けのあるレストランでチーズフォンデユとミートフォンデユを満喫した。美味しい、帰国しても食べてみたくなる料理として舌に残った味でした。門外不出のスイスワイン(レマン湖畔一帯が産地・半ボトル500cc)楽しみました。これが有名なシャスラー種の白ワインだったかどうかは定かで無いのが又ロマン。フオルン演奏が聴けた、唯一の場所ともなりました。十分に満足できた食事となり、食事後解散となったので湖畔に出て大勢の外人が歩く道をそぞろ歩いた。ジュネーブのシンボルのジェッドーは(噴水)空に向かって注ぎ続けていた。スイスも見納めと、観光最終日に感ずる感傷の気分が一瞬脳裏をよぎる。
翌25日はチューリッヒ乗換えで直行13時間の空の最終旅。日本の成田空港には予定通りの26日7時50分無事着陸、羽田乗継で14時20分頃、懐かしい秋田の土を踏んだ。
ジュネーブの花時計
ジュネーブ駅
街頭パフォーマンス(ジュネーブ)
08年のスイス旅行は一切のトラブル無し、<願っても無い>とはこのことだった。スーツケースが開かないことは無かったので持っていった十字ドライバーは無用物。集合場所を間違えて冷や汗もかかなかった。容量不足で変圧器が故障することも、変圧器の差込が深くても中間ソケットが有効で問題なし、持ち込んだ日本製の電気製品の充電作業、電気ポットでの湯沸かしは順調。デジカメのメモリーステイックが不足することも無かったし、洗顔タオルを持参したのでバスタブやシャワーでも通常通りに体を洗えた。枕銭やチップの気遣いも無用で、レストランでのメニューも日本語版で日本語の店員。天候は全工程快晴の連日で、山岳ハイキング観光20人に落伍やトラブルは皆無、ホテルチェックインも常に18時前とゆったり旅で、かつて無いゆとりのある素晴らしい思い出作りの旅でした。
スーパー<ミグロ>店内
<ミグロ>入り口
ジュネーブ空港内
参考(復習)です。
スポーツ仲裁裁判所:スポーツに関連する紛争を解決するための独立機関で、本部はスイスのローザンヌにある。通称はCAS。国際スポーツ組織、スポーツ行政に詳しい弁護士、判事ら、法律の専門家で構成する。一般の裁判所とは別の機関で、国際オリンピック委員会(IOC)が1983年に創設した。仲裁の使用言語は原則として英語かフランス語。日本では水泳の千葉すず選手が2000年シドニー五輪代表から漏れたことを不服として、日本水泳連盟を提訴した例がある。
全米オープン:一八九五年、ロードアイランド州のニューポートゴルフクラブで第一回大会が開かれて以来、今年で八十九回目。第一、第二次世界大戦中の六年間を除いて毎年、米国各地の名門コースに場所を変えて行われる。マスターズ、全英オープン、全米プロとともに世界四大大会。 ベン・ホーガン、ジャック・ニクラウスら三人の4回が最多優勝。日本選手は八〇年、ニクラウスと優勝争いした青木功の2位が最高。
● 秋田 竿燈まつりホームページ
・ NASA写真等取材 HP
8月4日 スイス観光! ジュネーブ写真特集!
● スイス旅行の最終編です
紀行文(日記)最終を掲載します。
ジェッドー(ジュネーブ大噴水)
トロリーバスが走るジュネーブ市街
真近に見るジェッドー
24日夕方、バスがレマン湖畔(アレッチ氷河やローヌ氷河の青い湖:又の名をジュネーブ湖:スイス国内最大の湖581k㎡)南岸の町ジュネーブ(人口17万のリゾート地)市街に入ると大迫力の噴水が目に飛び込み風景を代表する。毎秒500リットルの速さで吹き上げる水は140mを超える。旧市街側の国家記念碑のあるイギリス公園で写真休憩となり、日本では見ない八重のピンクの薔薇が珍しかった。ローヌ川に架かるモンブラン橋を渡ってジュネーブ中央駅側(コルナヴァン駅)の新市街側に入り駅近くのホテルにチェックイン。駅前のスーパー<ミグロ(MIGROS)>はCOOPと並ぶ二大スーパーとのことで食事の集合前にお土産を探して入場、入り口が小さく苦労して見つけた汗だくの買い物であった。ジュネーブでの最後の晩餐は他のホテル、フォークミュージックで有名な<エーデルワイス>の地下と1・2階が吹き抜けのあるレストランでチーズフォンデユとミートフォンデユを満喫した。美味しい、帰国しても食べてみたくなる料理として舌に残った味でした。門外不出のスイスワイン(レマン湖畔一帯が産地・半ボトル500cc)楽しみました。これが有名なシャスラー種の白ワインだったかどうかは定かで無いのが又ロマン。フオルン演奏が聴けた、唯一の場所ともなりました。十分に満足できた食事となり、食事後解散となったので湖畔に出て大勢の外人が歩く道をそぞろ歩いた。ジュネーブのシンボルのジェッドーは(噴水)空に向かって注ぎ続けていた。スイスも見納めと、観光最終日に感ずる感傷の気分が一瞬脳裏をよぎる。
翌25日はチューリッヒ乗換えで直行13時間の空の最終旅。日本の成田空港には予定通りの26日7時50分無事着陸、羽田乗継で14時20分頃、懐かしい秋田の土を踏んだ。
ジュネーブの花時計
ジュネーブ駅
街頭パフォーマンス(ジュネーブ)
08年のスイス旅行は一切のトラブル無し、<願っても無い>とはこのことだった。スーツケースが開かないことは無かったので持っていった十字ドライバーは無用物。集合場所を間違えて冷や汗もかかなかった。容量不足で変圧器が故障することも、変圧器の差込が深くても中間ソケットが有効で問題なし、持ち込んだ日本製の電気製品の充電作業、電気ポットでの湯沸かしは順調。デジカメのメモリーステイックが不足することも無かったし、洗顔タオルを持参したのでバスタブやシャワーでも通常通りに体を洗えた。枕銭やチップの気遣いも無用で、レストランでのメニューも日本語版で日本語の店員。天候は全工程快晴の連日で、山岳ハイキング観光20人に落伍やトラブルは皆無、ホテルチェックインも常に18時前とゆったり旅で、かつて無いゆとりのある素晴らしい思い出作りの旅でした。
スーパー<ミグロ>店内
<ミグロ>入り口
ジュネーブ空港内
参考(復習)です。
スポーツ仲裁裁判所:スポーツに関連する紛争を解決するための独立機関で、本部はスイスのローザンヌにある。通称はCAS。国際スポーツ組織、スポーツ行政に詳しい弁護士、判事ら、法律の専門家で構成する。一般の裁判所とは別の機関で、国際オリンピック委員会(IOC)が1983年に創設した。仲裁の使用言語は原則として英語かフランス語。日本では水泳の千葉すず選手が2000年シドニー五輪代表から漏れたことを不服として、日本水泳連盟を提訴した例がある。
全米オープン:一八九五年、ロードアイランド州のニューポートゴルフクラブで第一回大会が開かれて以来、今年で八十九回目。第一、第二次世界大戦中の六年間を除いて毎年、米国各地の名門コースに場所を変えて行われる。マスターズ、全英オープン、全米プロとともに世界四大大会。 ベン・ホーガン、ジャック・ニクラウスら三人の4回が最多優勝。日本選手は八〇年、ニクラウスと優勝争いした青木功の2位が最高。
● 秋田 竿燈まつりホームページ
・ NASA写真等取材 HP
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